がんと3ヶ月娘と私 ~AYA世代の闘病日記~

2018年8月に腎細胞がんと背骨への転移と診断(ステージⅣ)。とあるAYA世代の会社員の明るく楽しい(⁉)日々の生活を綴っていきます。

激動の一年間を振り返って

自己紹介はこちらhttps://kurorotomo.hatenablog.com/entry/2019/02/06/222144

12月31日。

書き始め現在21時である。我が家は娘が早々と寝てしまい、紅白歌合戦やガキ使は観れず。というか、毎日娘に合わせて21時に寝ているので自分もカウントダウンできるか今の時点では自信が無い。

自身を見つめる事が大事だと気づく

自分は1日24時間の内23時間をベッドの上で過ごすので常に変わったことか起こるわけでは無い。とは言え稀に変化が起こり、そこから気づきが得られることもある。

最近の変化は、腰から左すねにかけての痛み。立ち上がり時などにかなりの痛みが生じるようになってきた。例えが難しいが、膝を叩いたら反射でピョーンってなる箇所に太い注射器を刺されたような痛さ。辛い…。退院してから明らかに悪化してる。やはり、入院していた方が身体の為にも良いのだろうか?折角、退院して家族一致団結して治していこうと思っていたのに。そんな事を考えていると、悔しくて悔しくて涙が出てくる*1

しかし、何故足腰は悪化していくのか。ヒントは妻の指摘だった。入院中は診察やリハビリで病院内をあちこち移動していたが、退院してからは散歩にも行かないので動かなくなった。体重は1ヶ月で2kg程減少。筋肉が落ちたんじゃないのと妻から指摘されていた。

ああ、なるほど。腹筋などを鍛える事で腰痛が緩和するとか聞いたことがある。それに、B病院に入院した当初と比べると退院するまでに随分と歩けるようになっていた*2が、毎日リハビリで足腰を鍛えていた。

気づきがあってから約一週間。毎日筋トレに励んでいるが、目に見えるような効果が現れている。本当にベッドの乗り降りが楽になった。この歳になっても自分の身体の事なんて全然分かっちゃいない。自分自身を客観的に見つめる事それは身体的なことだけに限らないと思うが、それが大事だと気づく事が出来た。

肋骨のひび→血圧上昇→不安

先週の外来で、肋骨にひびがあるが2週間をピークに痛みは収まっていくよとの診断で少し安心していた。ただ、外来日から数日。血圧がグングン上がってくる。見にくいグラフで申し訳ないが、橙=朝・紺=夜の血圧データ。

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ヤバかったのは12月24日。スマホアプリの仕様上、複数回測定の場合は1回目のデータしかグラフに出ないのでグラフに表れていないが、下の血圧が105mmHg(標準は85mmHg以下)まで上がる。同時に頭痛と吐気。しかも心拍が45回/分まで下がる。看護師の母親に電話すると、心拍は40以下は危険。もしそうなったら病院行きなさいと言われる。原因は肋骨のヒビだろうが、これで心拍下がるん?と言うか、そもそも心臓が弱ってくるなんて経験無いから不安でたまらない。結局、しばらく放っておいたら*3落ち着いてきた。オチはない話だが、ああ俺は死ぬのかもしれんな、と一瞬だけ不安はよぎったので正直に書いておく。

「激動」の一年

ダラダラ書いてたら年越しまで後1時間と少々。年内に書き終わらなければ。ヤバイ。

先日、2018年の漢字は「災」と発表されたが、自分に当てはめるとしたら何だろう?一文字ではないけれども「激動」という単語がピッタリかもしれない。

4月に第一子が産まれ歓喜に包まれたが、7月にはがんと宣告され失意のどん底に突き落とされた。いつ自分が死ぬのかは分からないが死ぬ前に人生振り返った時に嬉しい・悲しいのNo.1をこの年に味わったなぁと言うのかな。もともと自分は涙もろいと分かっているのだが、この一年でその涙もろさに磨きがかかったと思う。でも、そんな自分を何度も勇気づけてくれたのは周りの人たちの笑顔。特に妻と娘が笑ってくれるだけで頑張らなくっちゃという原動力になる。本当に感謝。何回も何回も感謝したい。だから、自分も笑顔でいたい。笑顔でいることでこの病気を治したい。そして、何度も泣いて泣いてメンタルは弱くなったかもしれないけど、振る舞う事はせず辛い時は「辛い」と手を挙げる。素直に正直に来年もがん細胞と闘いたい。よろしくお願いします。

目標は達成ならず

目標を立てて生活する事は大切だと思って8月に下記のように目標を立てた。

  • 9月の目標:「杖での歩行が出来るようになり、退院して3人暮らしする」
  • 今年末までの目標:「杖無しでの歩行が出来るようになり、職場復帰(就業制限付き)する」

9月の目標は遅れながらも11月に達成。今年末の目標は未達。という結果だった。体調の良し悪しの波が激しくなかなか思い通りにリハビリ出来ずに悔いが残った。ただ「自分は何のために生きているんだろう?」「自分は何がしたいのか?(夢は?)」と漠然とではなく真剣に考え、じっくりと自分を見つめることができたのは良かったと思う。その気持ちの整理が行動の変化となって来年から顕著に現れてくるだろう。そんな自分に実はワクワクしている。病気で大好きなお酒は飲めないので、せめて自己陶酔という形で酔わせて下さい。

いやはや、年内中に何とか間に合った。それでは、良いお年を。

 

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2018/12/31の治療・検査

・ヴォトリエント(抗がん剤) 3錠

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*1:実はこの時初めて妻の前でめっちゃ泣いた。

*2:7月末に入院した当初は歩行器でしか歩けなかったが、11月に退院した時は4点歩行杖で100m+階段昇降20段程度出来るまで成長していた。

*3:と言っても痛み止めメッチャ飲んだ。